和歌の浦の絶景が堪能できる!観光地「和歌浦天満宮」

詳細アクセス知っとこ!

観光地「和歌浦天満宮」の詳細とは

和歌浦天満宮

平安時代の貴族「菅原道真」は学問の神として信仰され、数多くの受験生の強い味方です!天満天神として全国に天満宮が置かれ、その一つの和歌浦天満宮は太宰府天満宮、北野天満宮と共に日本三菅廟と呼ばれるほど由緒のある神社です。

菅原道真が九州の太宰府に左遷された時に和歌浦に立ち寄って和歌を読んだことから、道真の神霊を勧進して祀ったのが和歌浦天満宮といわれています。

和歌浦天満宮

和歌浦天満宮の本殿には急な階段を登っていきます。きつい人には緩やかな階段もあるので安心です。

和歌浦天満宮

坂を登り切ると楼門につきます。この楼門は、江戸幕府の屈指の工匠の平内政信が造ったとされます。

和歌浦天満宮

国重要文化財の本殿です。もちろんご利益は合格祈願で、多くの受験生が県外からも訪れています!

和歌浦天満宮

和歌浦天満宮ではお伊勢参りができ、この地を見守る天照大神と豊受大神が祀られています。

和歌浦天満宮

和歌浦天満宮からは和歌の浦の絶景が堪能できます!階段はしんどいですが行ってみる価値ありです!

営業時間 6:00~19:00
入場料 なし
駐車場 あり

菅原道真が神様になったわけ

菅原道真はなぜ天満天神として全国に祀られているのでしょうか?それには不思議なエピソードがあるのです。

幼少の頃より学問の才能があり、神童と称されていました。宇多天皇の時代には才能を認められ、政治家として出世していきます。次の醍醐天皇の時代には朝廷の左大臣の次に偉い右大臣まで昇進します。

しかし、道真を快く思っていなかった左大臣 藤原時平の政略により、身に覚えのない罪によって大宰府に左遷されることとなりました。この大宰府に行く途中で和歌浦に立ち寄ったことから和歌浦天満宮が作られるわけですね。その二年後に大宰府で死去します。

その後、讒言した時平や皇族たちが相次いで病死し、ついには朝議中の清涼殿が落雷を受け、朝廷要人に多くの死傷者が出た清涼殿落雷事件が起こり、天変地異が多発しました。これは菅原道真の祟りだと考えた朝廷は祟りを鎮めようと北野天満宮が建立されました。

この怨霊伝説で全国に天満宮があるわけで、和歌浦天満宮も祟りを鎮めるために建立されたのですね!