乳がん平癒!九度山「慈尊院」は女性のための『おっぱい寺』!

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慈尊院はおっぱいに関する願いを叶える!?

慈尊院

弘法大師空海が仏教の聖地として開いた和歌山の観光地といえば高野山ですね!高野山参詣の表玄関にあたるのが世界遺産「慈尊院」です。

慈尊院は女性の願いを叶えるご利益のある 『おっぱい寺』 として信仰されています!

昔、高野山は女人禁制だった場所のため、女性たちは女人高野とも呼ばれている慈尊院で高野山参りをしたそうです。

なぜ慈尊院は女人高野と呼ばれるようになったのか?

それは弘法大師空海と母の 「親子の物語」 に秘められているのです!それを知れば『おっぱい寺』として信仰されている所以が分かるでしょう!

弘法大師空海と母の思い出の地「慈尊院」

慈尊院

高野山は弘法大師が真言密教の根本道場を開くために選ばれた場所です。明治までは女人禁制として女性たちは高野山に入ることが許されていませんでした。

慈尊院とは高野山開創の時に高野山の様々な雑務を行なう機関である政所として建てられた寺院で、高野山参詣者の宿泊や冬季避寒修行などが行われ、高野山の表玄関として古来から信仰されていた名刹です。

ある日、弘法大師空海の母である玉依御前は「我が子の開いている高野山を一目見たい」と香川県からはるばるやってきました。
しかし、空海が定めた女人禁制の規律により、母・玉依御前は高野山に入ることが許されることはなかったそうです。
それでも諦めきれない玉依御前は空海に直接会って説得を試みますが、空海は高野山の規律に反することは許さず、その代わり玉依御前を高野山の麓にある慈尊院に迎えたそうです。

実の母親でさえ高野山に入ることを許さなかった空海ですが、月に九度、高野山上より二十数キロに及ぶ山道を下って母の玉依御前が居る慈尊院を訪れたと伝えられています。そのことからこの地域は 「九度山(くどやま)」 という地名が名付けられているのです。

乳がん平癒!慈尊院は女性の願いを叶える!

慈尊院

玉依御前は慈尊院で本尊の弥勒菩薩を篤く信仰したそうです。弥勒菩薩は別名「慈尊」と呼ぶことから寺院名が「慈尊院」と呼ばれるようになったそうです!

玉依御前が入滅された時に弘法大師は母が弥勒菩薩に化身した霊夢を見たそうです。そして、廟堂を建立して、自作の弥勒仏と玉依御前の霊を安置しました。

慈尊院

その後、慈尊院では母の玉依御前が入滅して本尊の弥勒菩薩に化身したという信仰が盛んになり、女性たちは高野山の代わりに慈尊院で参拝したため、慈尊院は 「女人高野」 と呼ばれるようになります。

慈尊院の玉依御前が化身した弥勒菩薩は「子宝、安産、育児、授乳」などのおっぱいに関連する女性たちの願いを叶えるとされ、乳がん平癒にもご利益があるそうです!そのため全国から多くの女性たちが訪れています!

慈尊院

さらには、参拝者がそれぞれ作った おっぱい絵馬 を奉納するという変わった祈願の仕方があります。

もし乳がんなど悩みを抱えている女性の方はお参りすればと願いが叶うかもしれませんね!

案内犬「ゴン」

高野山は宗教、人種、犯罪者を問わずどんな人物でも受け入れる場所です。

そのため、高野山の玄関である慈尊院の弥勒菩薩と縁を結び、罪業を流してから山上へ上っていくのが高野山への正しい参り方とされ、慈尊院は高野山の結縁寺とされています。

慈尊院

慈尊院と高野山までは約20kmと長い道のりがあります。

弘法大師の像に建っている犬の像はゴンと呼ばれ、高野山の案内犬として愛されたそうです。ゴンは慈尊院近くに住みついた野良犬で、いつしか、慈尊院や高野山の参詣者・ハイキング客を案内するようになったそうです。

2002年で亡くなった後、境内にゴンの碑が建てられ、弘法大師の時代にも高野山の案内犬がいたという伝説があることから、弘法大師の案内犬の生まれ変わりとして現在も人々の心に刻まれています!

慈尊院の象徴「多宝塔」

慈尊院

慈尊院の見どころといえばおっぱいだけでなく、人目を惹く「多宝塔」ですね!平成24年に完成して、本尊は大日如来が置かれているため、大日塔とも呼ばれています。

願いがかなうみろく石

慈尊院

みろく石はご本尊みろく仏との縁結び石で、片手で撫でると願いがかなうそう!

高野山の表玄関にあたる「慈尊院」。ここでは空海と玉依御前の親子の物語から「女人高野」として多くの女性が訪れています!慈尊院でしか見られない『おっぱい絵馬』を見に行ってみてもイイですね!

営業時間 8時~17時
駐車場 あり