『急がば回れ』の発祥地!滋賀「瀬田の唐橋」は歴史の重要舞台

詳細アクセス知っとこ!

歴史上最大級に有名な橋!重要地だった瀬田の唐橋

瀬田の唐橋

日本のほぼ真ん中に位置している瀬田の唐橋(せたのからはし)は、全長260mの滋賀県大津市瀬田の瀬田川にかかる橋。勢多の唐橋とも書き、瀬田の長橋とも言われます。

近江八景「瀬田の夕照」で名高く、別名「瀬田橋」や「長橋」とも呼ばれ、宇治橋・山崎橋と並び 日本三名橋 といわれており、瀬田橋あるいは瀬田の長橋として多くの文学作品に登場しました。

これが江戸後期の浮世絵師・歌川広重の『近江八景』という代表作のひとつ「瀬多の夕照」に書かれた浮世絵風景画。

瀬田の唐橋

東海方面から京都へ向かうには、琵琶湖を渡るかもしくは南北いずれかに迂回しないかぎり、瀬田川を渡らなければなりませんでした。瀬田川にかかる唯一の橋であった瀬田の唐橋は京都防衛上の重要地であったことから、
古来より 「唐橋を制する者は天下を制す」 と言われました。古くは日本書紀にも登場しています。壬申の乱や寿永の乱、承久の乱、建武の乱など戦いで登場しました。

「瀬田の唐橋」は『急がば回れ』の由来だった!

実はことわざで有名な 『急がば回れ』 の語源の由来は瀬田の唐橋が関係していました!

もともとの意味は「もののふの 矢橋の船は速けれど 急がば回れ 瀬田の長橋」と室町時代の連歌師宗長が詠んだのが始まりです。

当時は東海道の草津から大津を経て京都に行くには2ルートありました。
一つ目は瀬田の唐橋を経由するルート。
2つ目は距離が半分と短く、早便としての琵琶湖を横断する船のルート。
しかし、早便としての船のルートは比叡山から吹きおろす突風で船が難破することがあり危険なルートでした。そのため、「瀬田の唐橋を渡るルートが安全で確実」という歌が歌われたわけです。

「瀬田の唐橋」で行われる東西大綱引合戦とは!

古来より「唐橋を制する者は天下を制す」と言われた瀬田の唐橋。
その橋の上で秋の時期になると最近始まった琵琶湖のイベント「東西大綱引合戦」が開催されます!地元市民と全国から募集した綱武士が東西に分かれ、綱引きが行われます。
その他にも瀬田の唐橋を中心に様々なイベントが行われるので気になる方はチェック!

近江八景(おうみはっけい)とは?

近江八景(おうみはっけい)は、日本の近江国(現・滋賀県)にみられる優れたの8つの風景のことです。

石山秋月 [いしやま の しゅうげつ] 石山寺(大津市)
比良暮雪 [ひら の ぼせつ]比良山系
堅田落雁 [かたた の らくがん] 浮御堂(大津市)
唐崎夜雨 [からさき の やう] 唐崎神社(大津市)
三井晩鐘 [みい の ばんしょう] 三井寺(園城寺)(大津市)
勢多(瀬田)夕照 [せた の せきしょう] 瀬田の唐橋(大津市)
矢橋帰帆 [やばせ の きはん] 矢橋(草津市)
粟津晴嵐 [あわづ の せいらん] 粟津原(大津市)

江戸後期の浮世絵師・歌川広重は『近江八景』という浮世絵風景画の代表作まであります。近江八景は人々に愛されてたのですね。