豊臣秀吉も参拝した!「吉野水分神社」は子宝にご利益がある神社

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吉野水分神社

桜や紅葉の名所である奈良「吉野山」。今も昔も全国から花見の観光客が訪れ、天下統一を果たした豊臣秀吉も花見して絶賛したそうです。広大な吉野山は地域ごとに下千本・中千本・上千本・奥千本の四つの地域に分かれています。
その上千本には世界遺産「吉野水分神社」という神社があります。

吉野水分神社は子授けの神として「子守大明神」とも呼ばれ、豊臣秀吉もこの神社に参拝祈願をしたことで息子の豊臣秀頼を授かったとされています。

今回は子宝にご利益ありの「吉野水分神社」についてご紹介いたします!

世界遺産「吉野水分神社」とは

吉野水分神社

吉野水分神社の創建については不詳ですが、現在の社殿は豊臣秀頼によって再建されました。
本殿は三つの社殿に一つの屋根を納めて破風をつけられ、一つの棟につながっている独特の「水分造」とよばれる造りになっています。

吉野水分神社

吉野水分神社(よしのみくまりじんじゃ)は社号の通り、水に関係する神社で、主祭神は水を司る「天之水分大神(あめのみくまりのおおかみ)」とされています。

天之水分大神を祭神とする水分神社は奈良県各地に存在し、吉野水分神社は葛城水分神社・都祁水分神社・宇太水分神社とともに大和国四所水分社の一つとして数えられています。

水分とは水を分配する「水配(みくまり)」が由来であり、水分神社は重要な水源地や分水嶺などに多く見られるそうです。吉野水分神社も水分山として東西南北に流れる川の源流となる重要な山「青根ヶ峰」に鎮座していましたが、806年に参拝しやすいように吉野山最南端の青根ヶ峰から現在の上千本の場所に遷されました。

豊臣秀頼や本居宣長が授かった!「子守大明神」

吉野水分神社

水にまつわる神社である吉野水分神社は 子宝にご利益がある神社 としても知られています。

「水分(みくまり)」が「みこもり」と訛り「こもり(子守)」となったことから、古来から天之水分大神は子授けの神「子守大明神」として信仰を集めています!
子授け祈願のご利益は凄いもので、豊臣秀頼や本居宣長がこの神社の力によって授けられたと伝えられています。

豊臣秀吉がこの吉野の地で花見した際、吉野水分神社で子授け祈願を行うと豊臣秀頼が誕生したそうです。感激した秀吉は吉野水分神社の社殿の再建に取り掛かり、後を受け継いだ秀頼によって1604年に完成されました。

もう一人、子守大明神のご利益で誕生したのが、江戸時代の国文学者である「本居宣長」です。本居宣長の両親は子供に恵まれず、子授けの神として知られていた吉野水分神社にお参りしたところ、宣長を授かったそうです。

本居宣長は43歳の時に吉野山の花見とともに吉野水分神社に参拝しています。その時の様子を自身の「菅笠日記(すががさにっき)」に詳細に記しています。宣長は両親と神へ感謝し、毎日のように吉野水分神社の方角に拝んでいたそうです。

吉野水分神社

吉野水分神社の境内はとても狭く、本殿の向かいには中庭を挟んで拝殿が向かい合って建てられています! 神聖な雰囲気に包まれ、他の神社とまた違った雰囲気を楽しめます!

子宝にご利益がある神社「吉野水分神社」。ぜひ吉野を観光する際はお参りしてみてください!

入場料 なし
駐車場 1,2台のみあり