貴重!丹生川上神社下社では黒と白の神馬が見られる!

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丹生川上神社下社

皆さんは神社や寺院に置いてある『絵馬』を書いて祈願したことがあるでしょうか!?

『絵馬』とは絵が描かれた木の板に自分の願い事を書いたものを奉納して祈願するもので、神社・仏閣によって個性的な絵馬が作られています。

しかし、なぜ『馬の絵』と書いて『絵馬』という名が付けられているのでしょうか?

それは昔、神様にお願い事をするときに神の乗り物であった「神馬」を奉納したからです!

主に神様にどんなお願い事をしたかというと祈雨祈願と止雨祈願です!雨というものは国としても非常に大切なもので、日照りの際は祈雨祈願として「黒馬」を、長雨の際は止雨祈願として「白馬」を朝廷から献上されていました。
しかし、祈止雨祈願の度に神馬を奉納し続けることは大変なので、馬の絵を描いた板が代わりに奉納され、この馬の絵を描いた板が『絵馬』の始まりです!

この絵馬発祥の社とされるのが、奈良県にある「丹生川上神社」です! 丹生川上神社は本来、1つの神社だったにもかかわらず、戦国時代以降に消息が不明になり、明治以降に次々と候補が現れ、現在は上社・中社・下社の3つに分かれている不思議な神社。

その3つの中の一つである「丹生川上神社下社」では『黒馬』と『白馬』の神馬が境内で飼育され見られます!

今回は神社としては珍しい『黒馬』と『白馬』が間近で見られる「丹生川上神社下社」についてご紹介いたします!

丹生川上神社下社の歴史

「丹生川上神社」とは祈雨・止雨を司る日本最古の水の神様で、上社・中社・下社の3つの神社があります。上社・中社・下社とは位置関係や社格の上下を表すものではありません。

しかし、丹生川上神社は1つの神社だったにもかかわらず、3つに分かれることになります!

丹生川上神社の創建は675年(白鳳4年)、時の天皇であった天武天皇が『人声の聞こえざる深山に宮柱を立てて祭祀せば、天下のために甘雨を降らし霖雨を止めむ』という神の御託宣により、創祀したのが始まりです。
神の御託宣の通り、創立以来丹生川上神社は祈雨・止雨の霊験あらたかな水の神様として祈雨には黒馬を、止雨には白馬を朝廷から献上され、二十二社という朝廷から格別の崇敬を受ける神社の社格にも選ばれていたほど重要な神社でした。

しかし、丹生川上神社は都が京都に遷り、応仁の乱以降になると祈止雨祈願が減り、ついに所在地が行方不明になってしまったのです!

乱世が終わって江戸時代に入ると、丹生川上神社の捜索が始まり、明治に入るとようやく丹生川沿いに鎮座していた下市町の「丹生川上神社下社」が正式に『官幣大社・丹生川上神社』として認定されたのですが、川上村の神社が正しいのではないかという異論によって下市町の神社が下社、川上村の神社が上社と改められました。

さらに大正に入ると、東吉野村にある「蟻通神社」こそが本来の丹生川上神社だと認定され、蟻通神社を中社としたので丹生川上神社が3社も存在することとなったのです。
3社は統括して祭務が行われていましたが、現在は3社とも独立して別々の神社となっています。

なぜ御祭神は闇龗神は水神様なのか?

丹生川上神社下社 拝殿

拝殿

丹生川上神社下社の御祭神は 闇龗神(くらおかみのかみ) という水の神様です
しかし、以前は高龗神(たかおかみのかみ)という神様が祀られていたのですが、「蟻通神社」の発見によって祭神の変更されました。

闇龗神とは日本神話に登場する神様で、『地上に様々な神様を誕生させていたイザナギ・イザナミの夫婦は、最後に火の神カグツチを産んだイザナミが火傷して亡くなり、憎しみを覚えたイザナギがカグツチを斬り殺した際に剣の柄からしたたり落ちた血から生まれたとされる神』です。
古事記では「闇淤加美神(闇龗神)」、日本書紀では「高龗神」と記されているので、高龗神と闇龗神は同神異名であるとされています。火の神カグツチを鎮められるのは水の神様だけなので、火の神から誕生した高龗神と闇龗神は水の神とされています。

ちなみに『龗』という文字は雨冠に3つの口書いて龍という文字を合わせた漢字ですが、元々はこの文字が正式な「龍」という字です。さらに「龍」という文字には雨冠が付いているように、龍は水や雨を司る神として信仰されています。その証拠に神社などの手水舎では龍の口から水が出ているのです。

闇龗神とは深い暗い谷間に住む龍神という意味で、対して高龗神は山頂に山頂に住む龍という意味であり、光と影を表すような対の神とされる場合もあります。

丹生川上神社下社

拝殿の裏に周ってみると神社としては珍しい、本殿まで続く七十五段の階段が見られます。

残念ながら、本殿までの階段を登ることはできませんが、毎年6月1日の御例祭の時のみ、一般参拝者もこの階段を登ることが許され、本殿で御祭神の闇龗神に参拝できます!

なぜ『黒馬』と『白馬』の神馬が境内にいるの?

丹生川上神社下社

丹生川上神社下社の魅力といえば『黒馬』と『白馬』の神馬が境内で飼育さ見られるところですね!

しかし、なぜ『黒馬』と『白馬』の神馬が境内にいるのでしょうか?

古来から稲作が中心であった日本は、天気というものは人々にとって重要なことで、日照りや長雨は人類の危機に関わる事でした。朝廷は日照りや長雨を何とかするために、水の神様に神様の乗り物と考えられている『神馬』を献上することで祈止雨祈願を行ったのです。

日照りの際は祈雨祈願として「黒馬」を、長雨の際は止雨祈願として「白馬」を朝廷から献上されました。「黒」は雨雲、「白」は晴天というイメージから白と黒の馬が奉納されたと考えられています。

丹生川上神社下社

丹生川上神社は京都の貴船神社とともに祈雨・止雨の霊験あらたかな日本最古の水の神様なので、朝廷から厚い崇敬を受けるのです。

ちなみに日照りや長雨はいつ起きるかわからないため、祈止雨祈願は臨時の国家祭祀である名神祭と呼ばれ、丹生川上神社と貴船神社は名神大社という社格に指定されています。

しかし、名神祭の度に『神馬』を奉納し続けることは大変なので、板に馬の絵を描いたものが代わりに奉納され、馬の絵を描いた板が『絵馬』の始まりです!

そのため、丹生川上神社は貴船神社とともに 絵馬発祥の社 とされるのです!

丹生川上神社下社

2012年、白馬の献上が562年ぶりに行われました。2011年に起こった東日本大震災と台風12号豪雨の水害が頻発したことを受けて被災地の復興を祈るために白馬が献上されました。

ぜひ『黒馬』と『白馬』に会いに行ってみてはいかがですか!

駐車場 あり

他にもある!丹生川上神社下社の魅力

産霊石

丹生川上神社下社

産霊石のそこには10㎝ほどの穴が開いています。この神社にお参りして子宝に恵まれた信者が、禊をした丹生川の底にあったものを奉納したもので、子宝のご利益があるそうです!

いのちの水

丹生川上神社下社

ここでは名水である『いのちの水』を飲めます。

蛙石と牛石

丹生川上神社下社

右手の石が蛙が立ち上がった様に見えるという蛙石、左手の石が牛が横に寝そべっている様に見える牛石です。

瞬発力のある蛙とじっくりと牛歩のように動く牛のように、人生も二つの対照的な判断を下すときにこの石に触れるとどうすればいいか導いてくれるそう。

御神木

丹生川上神社下社

この神社の御神木です。高さ30mも及ぶ巨大な樹木で、一つだけを叶えてくれるそうです。