『元伊勢三社』の一つ!「豊受大神社」は伊勢神宮外宮の故郷

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豊受大神社

年間約800万人の観光客が訪れている伊勢神宮には、内宮と外宮の2つの正宮があります。内宮には天照大御神、外宮には豊受大御神が祀られています。

伊勢神宮には故郷があることを知っていますか?天照大御神の故郷は各地にいくつもありますが、豊受大御神の故郷は一つしかありません。

その場所が京都府福知山市大江町にある「豊受大神社」です!

大江町には元伊勢伝承地が3つあって、総称して『元伊勢三社』と呼ばれ、豊受大神社もその一つです。

今回は伊勢神宮外宮の故郷をご紹介いたします!

元伊勢三社とは?

まず元伊勢とは何かということを押さえておきましょう!

元伊勢とは天照大御神が現在の伊勢神宮の場所に鎮座する前にふさわしい場所をもとめ、各地を巡幸して一時的に祀られた神社群のことで、全国に約20箇所以上も存在します。

福知山市大江町にも元伊勢伝承地があり、「皇大神社・豊受大神社・天岩戸神社」の三社を総称して『元伊勢三社』と呼ばれています。

豊受大神社の創建

豊受大神社は、崇神天皇39年にこの地に宮殿を建立して天照大神を奉斎し、豊受大神を合わせ祀られたのが始まりと伝えられています。当時は「与佐宮(よさのみや)」と称され、天照大神は4年間鎮座したそうです。

その後、天照大神は再び相応しい場所を求めて各地を巡幸するのですが、豊受大神はそのままこの地に鎮まりました。

そして、雄略天皇22年に豊受大神が伊勢神宮外宮に移されます。それはかつて一緒に祀られていた天照大神が雄略天皇の夢の中に現れて「自分一人では寂しく、美味しいご飯を作ってくれる豊受大神を伊勢につれてきてほしい」とお告げをしたんだとか。

豊受大神がいなくなった与佐宮は豊受大神社と称し、現在に至っているそうです。

豊受大神社の境内

豊受大神社

豊受大神社の鳥居は杉の木を皮を剥がないまま組まれており、黒木鳥居と呼ばれています。

日本国中でも珍しい鳥居とされています。

豊受大神社

境内に入ると本殿を取り囲むようにコの字形に末社が建ち並んでいます。

豊受大神社

この木は豊受大神社の神木です。樹齢1500年を超え、「龍燈の杉」と呼ばれています。 毎年節分の夜に龍神が木の先端に明かりを灯しにくる伝説から龍燈の杉という名が付けられたそうです。

豊受大神社

本殿ではもちろん豊受大神が祀られています。豊受大神は古くから丹波地方で丹後の総氏神・最高神として「稲作農耕の祖神」ともいわれていたそうです。

豊受大神社は元伊勢伝承地になっていますが、それとは別に麻呂子親王が鬼退治の際に皇大神社とともに勧請したの由緒という異説もあります。
ぜひ一度訪れてみてください

駐車場 あり

実は「豊受大神社」は元伊勢じゃなかった!?

これまで『豊受大神の故郷は豊受大神社』と述べてきましたが、実は豊受大神の故郷は別の場所だったという説があります! その場所は同じ丹後国である元伊勢籠神社の奥宮 「真名井神社」 です!

「天照大神は最初の笠縫邑を出発した後、丹後国に吉佐宮を築いた」とされていますが、その吉佐宮の場所ははっきりとわからないため、丹後国の元伊勢伝承地が複数存在しています。その候補が「籠神社」と「皇大神社」で、籠神社の方が格式の高く由緒ある神社のため、有力視されています。

真名井神社は籠神社の奥宮であり、高天原にいた彦火明命が豊受大神の籠った神鏡を持ってこの丹後の地に天降ったとされ、豊受大神を主祭神として祀ったと伝わっています。その後、天照大神が一時的に真名井神社に鎮座し、豊受大神と一緒に祀られていたそうです。

豊受大神の故郷が有力なのは真名井神社ですが、吉佐宮がはっきりとしないため豊受大神社は豊受大神がいた元伊勢伝承地だった可能性が否定できません!

はたして本当の元伊勢はどこにあったでしょうか~