なぜ黄金なのか!京都に輝く黄金の観光名所「金閣寺」

詳細マップ知っとこ!

京都の観光名所金閣寺

黄金に輝く京都のお寺「金閣寺」。日本人なら一度は聞いたことがある京都の観光スポットで有名なお寺ですね!修学旅行で目にした方も多いでしょう。

1994年に古都京都の文化財として世界遺産に登録されました。 実は正式名称は 金閣寺じゃなくて鹿苑寺 といいます。

金閣寺

なぜ金閣寺と呼ばれているのでしょうか?

この黄金に輝く舎利殿のことを「金閣」と言います。この舎利殿「金閣」が特に有名で、一般的に金閣寺と呼ばれるようになりました。

1397年に室町幕府の三代将軍足利義満が別称として建設しました。その三代将軍足利義満の死後、遺言によりお寺となり、法号つまり 仏門に入った者に授けられる名前が鹿苑院殿だったので「鹿苑寺」と名付けられた そうです。

金閣寺はどの季節でも素晴らしい光景を見せてくれます。例えば、秋の紅葉!

金閣寺

秋の紅葉と見事に金箔がマッチしていますね!

金閣寺

雪が積もった白と黄金の色が美しいですね!

この黄金のお寺を一目見ようと日本各地でだけでなく世界中から観光客が訪れ、京都観光に欠かせない観光スポットとなっています!

しかも、風水的に見ると金閣寺は京都の寺の中で上位に入る パワースポット なのです!

なぜ黄金の建物が建てられたのか?

しかし、なぜ黄金に輝く「金閣寺」を建てたのでしょうか?
それは権威を見せつけるためといわれています!

足利義満は強力なリーダーシップで室町幕府の全盛期を築き上げ、南北朝統一や中国皇帝から「日本国王」と公認されたカリスマ的人物です!

足利義満は権力と権威の両方をほとんど掌握しつつありました。

しかし、権威は天皇が保持しているため、義満は民衆に権威を見せつける必要があります。そこで建てられたのが「金閣寺」と考えられているのです!

金閣寺をよく見てみると2階・3階には金箔が貼られているにもかかわらず、1階には金箔が貼られていないのが分かると思います。

1階は天皇や貴族が住む『寝殿造り』、2階は『武家造り』、3階は中国風の『禅宗仏殿造り』です!

義満は中国皇帝から「日本国王」と公認されていたので、1階の天皇や貴族より2階の武士の方が偉く、武士より3階の足利義満が偉いということを、目に見える形で表現して権威を見せつけたのです!

足利義満は最終的に「権力と権威の両方を掌握するために天皇を乗っ取る計画をした」とされています。義満は天皇になる資格がなかったため、自分の息子・義嗣を天皇の養子にして、義嗣を天皇の座に就かせようとしました。

しかし、義満はあと一歩のところで、急死してしまいます。死因ははっきりとわからず、計画を阻止しようとした朝廷側による暗殺説もささやかれています。

義満の野望を示すように、2016年に金閣寺境内で、「北山大塔」の塔頂についていたとみられる相輪(そうりん)の破片が見つかりました。
北山大塔は落雷で焼失したそうですが、七重もある日本の建築史上最も高いもので、すべての建物より高かったそうです。

つまり七重大塔の発見は、義満が金閣寺を権力と権威を象徴するために建てられたということを示しているのです!

営業時間 9~17時
拝観料 大人 400円
休日 年中無休
駐車場 有料 あり

現在の京都観光地「金閣寺」は半世紀前に作られた!?

金閣寺が作られたこの時代の文化を特に北山文化といいます。室町時代前期の北山文化を代表する建築です。

実は現在見ている金閣寺は 半世紀前に作られたものなのだそう! 

舎利殿「金閣」は1950年にお寺の見習い僧侶によって放火により焼失。再建されたのは1955年です。

この放火事件によって三島由紀夫は小説「金閣寺」を発表し、水上勉は小説「五番町夕霧楼」や「金閣炎上」などの作品を書いたそうです。気になる人はぜひ読んでみてね!