町のシンボル「福知山城」は明智光秀が築城した観光名所!

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福知山城

京都府福知山市のシンボル 「福知山城」 
丹波を平定した明智光秀によって築かれたお城です。

明智光秀といえば本能寺の変で織田信長を討ち取った逆臣として有名ですが、丹波の地では善政を行ったことから民から慕われていたそうです。1873年の廃藩置県に伴い廃城となるまで丹波の拠点として栄えました。

今回は明智光秀によって築城された「福知山城」についてご紹介いたします!

福知山城の歴史

福知山城

福知山城は16世紀初頭に豪族の塩見氏が築いた横山城が始まりです。

1579年、織田信長に丹波平定を命じられた明智光秀が横山城を攻略すると、横山城を大修築して近世城郭として築き、城名が福知山城と改められました。

しかし、1582年に光秀は本能寺の変を起こし、山崎の戦い(天王山の戦い)で秀吉で敗れたので 、福知山城の在城期間はたった3年だけでしたが、光秀は民からとても慕われていたそうです。

光秀の善政

福知山城

福知山城の天守からは福知山の街並みが一望でき、由良川に架かる大きな橋が見えますね!

明智光秀は福知山城を丹波の拠点として、内政に力を入れて 善政 に努めたといわれています。

天守から見える由良川もその一つで、由良川の流路を変えて明智藪という堤防を築き、町の安全を確保したそうです。
ほかにも免税を行なって経済を発展させたので、今でも光秀は福知山の人々から愛され続けています!

転用石

福知山城

光秀は城の築城の際、本丸天守台の石垣には五輪塔や宝篋印塔などの転用石を使用したそうで、現在でも見ることが出来ます。

転用石を使用されたのは、石材不足だった、築城に時間がなかったといわれています。他にも、仏の力で城を守護するものという意味合いもあったと考えられています。

町の鎮守「朝暉神社」

光秀没後、城主が次々と変わり、1669年に朽木稙昌が城主となると、朽木氏は幕末まで藩主を務めました。

福知山城

本丸にある朝暉神社は、朽木種昌の父である種綱が朽木家藩祖として祀られています。11代藩主の綱條が町の鎮守として朝暉神社を建立したそうです。

海面よりも深く掘られた「豊磐井」

福知山城

本丸には他にも豊磐井という大型の井戸が残っています。福知山城は海抜43mにもかかわらず、豊磐井は深さ50mもあり、海面より7mも深い場所まで掘られています。日本一の深井戸として現在も水を蓄えているそう!

再建された天守

福知山城

福知山城は1873年の廃藩置県に伴う廃城令で取り壊されますが、市民の熱い想いで天守閣は1986年に再建されました。現在も福知山のシンボルとして町を見守っているのです。

入城料 大人310円 こども100円
営業時間 9:00~16:30(閉館17:00)
休日 火曜日(祝日の場合水曜日)
駐車場 あり