豊岡市「出石城跡」は城下町の雰囲気が残る観光地!

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皆さんは兵庫県北部の但馬地方にある豊岡市出石町に訪れたことがあるでしょうか!?

出石町は江戸時代に出石藩の城下町として栄えた町で、「但馬の小京都」として現在もまるでタイムスリップしたような風情のある町並みが残されています!

出石城下町は今から約400年前に築城された「出石城」を中心として整備されたそうです。

「出石城」は但馬唯一の城として栄えましたが、明治時代になると廃城令で取り壊されました。現在は堀や石垣などが現存し、出石城跡としてかつての繁栄を見ることが出来ます!

今回は出石城下町の中心であった「出石城」についてご紹介いたします!

出石城の歴史

出石城跡

出石は「古事記・日本書紀」にも登場する歴史のある町で、新羅の王子であった天日槍(あめのひぼこ)が但馬の娘と結婚してこの地を拓いたと伝えられています。天日槍が新羅から神宝を持ち込み、その神宝の一つである『出石小刀』が出石の地名の由来とされています。

出石の地には室町時代に但馬国守護である山名氏によって、現在の出石城の北方にあたる此隅山に此隅山城という初めて城が誕生します。

戦国時代に但馬国守護が山名祐豊になると織田軍の羽柴秀吉に攻められ此隅山城は落城します。山名祐豊は新たに此隅山よりも高い有子山に有子山城を築き上ますが、またもや秀吉軍に攻められて落城し、山名氏は滅ぼされました。

その後、有子山城の城主は代わり続け、小出吉政の跡を継いだ小出吉英が城主になります。小出吉英は有子山城を廃城として、1604年に有子山の麓に城を移して出石城が築かれました。出石城は一国一城制による但馬唯一の城に指定され、出石城下町は整備され繁栄していったそうです。

その後、小出家は嫡子なく改易となり、松平忠周が入封します。1706年に信濃国上田から仙石政明が五万八千石で入封し、明治まで続きました。

出石城跡

廃城令で出石城は取り壊されましたが、堀、石垣などが現存しています。

出石城跡

二ノ丸の建物は取り壊され、ただの芝生の広場になっています。ここでは政所を行う役所が建っていたそうで、政治を行う場所でもあったようですね。

出石そば発祥!藩主仙石氏の祖を祀る感応殿

出石城跡 さらに上がっていくと本丸跡につきます。本丸の建物は取り壊されていますが、本丸の東端には隅櫓が復元されています。 出石城跡

本丸跡には感応殿という御堂が建てられ、藩主仙石氏の祖である権兵衛秀久公が祀られています。

出石と言えば、「出石皿そば」が有名ですよね!

この出石皿そばは、信濃上田藩から国替えになった仙石政明が信州からそば職人を連れてきたことで伝来したといわれています。

この国替えがなかったら出石皿そばはなかったかもしれませんね~

有子山稲荷神社

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出石城跡の最上段には天守ではなく、有子山稲荷神社という神社が建っています!

出石城跡

通称「稲荷参道」と呼ばれるお城坂は157段の石段に37も朱色の鳥居が立ち並び、最上段の有子山稲荷神社まで続いています。

出石城跡

稲荷参道の最上段にある有子山稲荷神社は有子山城の稲荷社を移したものとされ、1604年の出石城築城時から鎮座しています。

出石城跡

有子山稲荷神社の本殿からは出石の町並みを一望できます!ここから見える一望に広がる景色はいい眺めですね~

出石城跡

城下町の雰囲気が色濃く残る観光地「出石城跡」。歴史の風情を感じてみてください。

入場料 なし
駐車場 あり